秋の夕暮れ

 

 

 

晶はいつも秋になると決まって夕刻、ある公園のベンチに腰を掛け、本を読んでいた。

やわらかな光が紅く染まった木々をさらに紅く染め上げる。

この時刻になると、人や車の通りもほとんどなく、本を読むにはすごく最適なのだ。

晶は本に目を落とし、第一章を先日の続きから読み始めた。

―――どれくらい待っただろうか、暫くじっとしていると、蝦夷リスが辺りを用心に見回しながら、キョロキョロと顔を出した。

僕は汗ばんだ手でカメラを構え、シャッターチャンスを待つ。

―今だ。

僕は素早くシャッターをおろした。

しかし僕の他にも狙いを定めて待っていたものがいたらしい。

タカが鋭く爪をたて、蝦夷リスを連れ去ってしまったのだ。

ジーと音がなり、カメラから写真がはきだされる。

そこにはタカが蝦夷リスを連れさっていく姿がくっきりと写し出されていた。

『これはこれで良い写真なのかもしれないけれど、さっき撮り損ねたショットは惜しかった…』

しかしこれは本当に良い写真なのだろうか?

手に持つ写真では、蝦夷リスが苦悶の表情を浮かべていた。

『…次はシカでも撮ろうかな…』

今度はさほど待たずに目的のものがやってきた。

僕は慣れた手つきでカメラを構える。

するとシカが言った。

『リスを追えよ。見殺しか?』

―――ん?

晶は思わず顔を上げた。

「ノンフィクションだと思ってたんだけど…こんなファンタジックな本だったか?」

晶は本の巻末を見た。

これはフィクションです。

実際のできごと、人物には一切関係しておりません。

「そうか…全く気付いて無かった…。まぁたまにはこういう本も読んでみるか」

晶はまた本に目を落とした。

―――見殺しか?』

『…僕は狩人じゃ無いからね(タカには興味が無いのさ)』

『人間なら慈悲の心というものがあるだろう?』

『あいにく動物に対する慈悲は持ち合わせて無いんだ』

『相手が人間なら助けるのかい?』

『そのときになってみなきゃ分からないよ』

『人間て薄情だよね。森の動物は皆助けに向かったよ。きっと薄情な奴の前になんて二度と現れないだろうね。

あーあ、カメラマンとしての栄光もこれまでかぁ』

表情も変えずに攻め立てる。

…。

『…行けば良いんだろ』

僕はぽつりと言った。

『…』

『どこへ行けば良いんだ?』

『虎の穴…』

『タカのくせして、昔十メートルはある大きな虎が住んでた、とかいう洞穴にいるのか…』

『行くなら松の木の下に寄ってからにしな』

シカは最後にそう言って、ニヤリと笑った。

松の木の下には大きな虎がいた。

十メートルはある気がする。

…まさか。

虎がジロリと僕を見る。

『…何の用だ』

『何って言われても…シカにここに行けって言われただけで…』

『シカ…。それはまさか澄ました顔したむかつく野郎のことか?』

『えぇっと…多分そうだと…』

『…』

『あの…?』

『…さっさと用を言え。付き合ってやる』

『え?』

『うるせぇなぁ。俺は奴に逆らえねぇんだよ、むかつく餓鬼だぜ全く。俺が虎だっていうのに奴は…』

『はぁ…』

『で、何の用なんだ!?』

『えぇと僕、虎の穴に行きたくて…』

『ぁあ?!俺んちに何の用だよ?』

『やっぱり昔のあなたの家…』

『昔?最近確かに帰ってねぇが、あれは一生俺の寝床だ』

『でも今はタカが住んでるんじゃ…』

『あ?タカァ?あの野郎俺が居ないと思って調子乗りやがって…お前、さっさと後ろに乗りな。タカの野郎噛み殺してやらぁ』

『ぅわっ?!』

虎は半ば強引に僕を後ろに乗せ、猛スピードで走り出した。

この調子なら誰よりも早く虎の穴につくことが出来るだろう。

そして予想通り、僕らは一番に虎の穴についていた。

虎はタカを見つけるとすごい形相で追っていく。

僕はその間に蝦夷リスを探しに洞穴の奥へと入る。

洞穴の中はかなり暗いはずなのに、なぜか洞穴の奥までハッキリと目に見えて、どこへ行くべきかもわかっていた。

少し広い場所に出ると、蝦夷リスがロープで縛られ逆さにつるされていた。

『ぇと…大丈夫?』

声をかけると、蝦夷リスはニッコリとほほ笑んで言った。

『石焼芋』

―――は?

バサリ。

本が下に落ちてしまい、やっとその世界から抜け出した晶は、初めて自分のいる状況に気がついた。

「うわ、真っ暗…」

いつの間にか寝てしまっていたのだろう。辺りはすっかり夜だった。

どこからか聞きなれたおじさんの声が聞こえてきた。

近くで石焼芋の車がまわっているらしい。

だからあんなオチだったのだ。

いつから寝ていたのだろう。

もしかしたらここについた直後から…?

晶は腰を折り曲げ本を拾おうとして、ふと自分の腹をのぞきこむ。

「腹減った…」

晶は立ち上がると少しずつ遠のいてゆく、車の方へと歩き出した。

―こういうのも良いかもしれない。―

月の見える空の下、暑い芋を頬張りながら、晶はそう思うのであった。

これからコレも、日課の一つにしようかな。