届かぬ想い
 
愛してる
その一言が、すごく重い
 
 
 
 
 
 
いつになったら
 
 
 
 
 
 
 
どれだけたてば
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あなたに届く?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この今にも溢れそうな
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
壊れそうな
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ワタシノ
ココロ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ずっと言おうと思ってた。
たった一言の言葉。
でも言えない。
今も昔もずっと変わらないのは
私の言葉はあなたに届かないという、たった一つの事実だけ。
もう、届かない。
届いたとしても膨らみすぎた私の心。
きっと貴方には重すぎる…
*
*
*
*
*
*
*
その人を最初に見た時、
あまりにもその人が儚く見えて
声を掛けるのが一瞬、ためらわれた。
相手が相手なのだから、儚くて当然だとは思うのだが…
 
月明りに透けて、お寺の階段に座りぼんやりと空を眺めるその人は、本当に美人で、本当に儚く見えた。
「何を、してるんですか?」
思い切って声を掛けてみる。
すると空を眺めていた人は驚く様子もなく、長い漆黒の髪を揺らしながらこちらを振り向き、にっこりとほほ笑んだ。
「考えごとを、しているんです。いつも、ここで」
そして少し間を置いてから、貴方は?と問いかける。
「あ…俺は和希(かずき)…です」
思わず見とれてしまっていた和希はまごまごと言った。
それがよっぽどおかしかったのか「ふふふ」と笑われてしまう。
「私抹麻(まつま)と言います。見て分かると思うけど、人じゃありません」
抹麻は平然と言った。
「…悪魔や天使にでもならない限り、人は死んだって人のままですよ」
和希はボリボリと頭をかきながら言う。
幽霊の抹麻は微かにほほ笑んで、ありがとう、と呟いた。
「随分悲しそうに笑うんですね」
和希は抹麻の隣に腰を下ろしながら言った。
「そう見えるなら、そうなんでしょうね」
抹麻が静かに言った。
「俺でよければ話を聞きましょうか?」
「そうですね…ちょうど暇だったし聞いてもらいましょうか」
でも、と抹麻はさらに言葉を付け足した。
「まずは貴方のことを聞かせて下さい」
そうしてにっこりと笑う。
「俺の…?」
「なんで私が見えるのか、なんで夜中にここに来たのか」
「ここに来た理由は、下から貴女が見えたからです。
そして…えっと、何で見えるのかは分かりません。気付いた時にはこうだったんですから。
ただ、理由があるとするなら…いいえ、何でもありません」
和希は拳をきつく握りながらも笑って言った。
それを見た抹麻がまたほほ笑んで言う。
「…私は、ずっと過去について考えているんです」
「生前という事ですか?」
抹麻は静かに首を振る。
「死後も含めて、です。私はとても臆病で…いいえ、そんな言葉で片付けてしまっては駄目ですね。
私は一番したくて、そして一番しなくちゃならない事を、ずっと放棄していたんですから…。
 
 
 
私には昔からずっと変わらぬ、愛する人がいました。
その人は家が近く、いつも親しくしていた人で、名は孝真(あつま)といいました。
でもいざとなると勇気が出ず、なにか行事がある時などは、家の前に贈り物を置いておく事しかできなかったんです。
時には行事だけでなく、彼が落ち込んでいる時にも置く事がありました。
すると彼は翌日になると必ず私のところにきて、嬉しそうにその事を話しました。
私は誰が置いたのかと疑問を浮かべる彼の前にいても、私がやったと打ち明ける事はできませんでした。
そうしてしばらく月日が流れると、彼にはかわいらしい彼女が出来ました…」
「それは…辛いですね」
和希が小さく言った。
「…そうですね。すごく辛かったです。でも、彼が本当にその子が好きならあきらめる他ありません。
だから、私はその恋を応援しようと思ったんです。けど…」
「けど…?」和希が先を促した。
「けど…その女性は、私が贈り物を置いたんだと言い寄ったそうなんです。
それで彼は初めてその女性を見たにもかかわらず、あっさりと付き合う事を承諾してしまいました」
「そんな…!!」
「どこかで、彼が贈り物の主を探してるって聞いたんでしょうね」
抹麻はふふと苦笑いをして見せた。
「…」
「それですごくやりきれない気持ちになったけれど、
それでも本当は私が置いたんだって伝える事が、どうしても出来なかったんです…」
「フラれるのが、怖かったんですか…?」
「そう、とても怖かったんです。その女性はすぐにOKをもらったから私も平気かもしれない、
でも駄目かもしれない、心の中はその繰り返しでした。
そして私はついに思いを伝えられぬまま、事故にあって死んでしまいました」
そう言って抹麻は下を向く。
「それって…どれくらい前になるんですか?」
おもわず和希が聞いた。
「覚えてないけれど、200年ほど前だったと思います」
「200年…」
「だから彼はもう生きていないんです。
私が死んだすぐあとで彼がまだ生きてる時、何度か会いに行こうとは考えましたが、結局会いに行けませんでした。
ずっとその事が心に引っ掛かっていて、いつもいつも同じ事を思うんです。
どうして言わなかった、どうして会いに行かなかった、って。
会いに行っても彼に私が見えるという保証はありません。だけど、私は会いに行ってみませんでした。
生きている時はフラれるのが怖くて、死んだ後は、私を見てくれないかもしれないという事が、とんでもなく怖かったんです…」
「それは…」
和希は何か声をかけようとしたが、どうしても言葉が続かなくなってしまった。
しばらく居心地の悪い沈黙が続いた後、不意に和希が口を開いた。
「孝真さんのお墓は…このお寺にあるんですか?」
「ええ、すぐそこに。彼が死んだ後は、毎日お参りしているんです。
幽霊が誰かのお参りをするなんておかしな話なんですけどね。…見ていきますか?」
和希は静かに立ち上がり、少し申し訳なさそうにしながらも言う。
「はい、お願いします」
 
 
 
お墓の前に来ると、和希は手を合わせ、軽くお辞儀をした。
そして墓石にそっと手を触れる。
「どうしたんですか!?」
抹麻が驚いて声を上げる。
和真が、泣いていた。
「まるで人魚姫の物語だ…」
和希は目を閉じたまま言った。
そして涙をぬぐい、立ち上がってまた言った。
「人魚姫に出てきた王子は最後、どうなったんでしょうね?ハッピーエンドのまま終われたんでしょうか」
「…?」
抹麻は訳が分からずただその場に立って、和希を見つめていた。
「手を出して…生身の人間相手では無理だったけれど、貴女は幽体だからもしかしたら…。
僕は…友人が死んだ時に初めて気付いたんですが、死んだ人の記憶を少しだけ、覗く事が出来るんです。
試したことはないけれど、これは貴女が見るべきものだと思うから…」
そうして和希が手を差し出す。
抹麻は恐る恐るその手に自分の手を差し出した。
強い風が吹いたような感覚がして、抹麻は思わず目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「何だって!?抹麻が死んだ!?」
孝真が怒鳴って言った。
抹麻が、死んだ…?
一瞬目まいがして孝真は頭を押さえた。何もする気がおきない。
孝真は抹麻の死が暫くの間とてもひびいて、最も愛するはずの彼女、加奈依(かなえ)の話すらまともに聞けてはいなかった。
落ち込むといつも朝一番に玄関を開ける癖のある孝真は、ここのところずっと、玄関の外を確認していた。
いつも贈り物があることを、つい期待してしまうのだ。
加奈依には抹麻が死んでしまった悲しみのあまり、話が聞けてない事が多くて済まない、と話をしたことがあるので、
落ち込んでいることは十分承知しているはずであった。
しかし贈り物が置かれる気配は全くない。
何故贈り物をくれないのかと聞くのは気が引けるが、孝真はどうしても気になって仕方がないので、
今度あった時にでも聞いてみようと思った。
「なぁ、贈り物の事なんだけど…」
孝真が言いかけると加奈依が嬉しそうに言う。
「あ、届いてた?どう?気に入ってくれた??」
「え?」
孝真は訳が分からずに聞き返す。
「だから、贈り物。玄関に置いてあったでしょ?」
「…なかったけど」
「え!?あれ、おかしいなぁ…誰かにとられちゃったのかな…」
加奈依は言うが、何かを隠しているのは確実だった。
「俺…今日は帰る」
そう言って一方的に別れを告げて帰途につく孝真。
玄関に置いてくれてたのは加奈依じゃない…?
じゃあ、誰なんだ…。
誰かは全く想像が付かなかったが、頭の中には抹麻の顔が浮かんでは消えていた。
孝真はまだ気付いていなかったが、心中ではそうだったら良かったのにと思っていたのだった。
今更そんな事を思っても仕方がないのだけれど。
今更もう遅いのだけれど。
 
 
家の近くで抹麻の親友で、孝真とも多少親しくしていた若菜(わかな)を見掛けた。
孝真は特に声を掛ける気もなかったが、贈り物に付いて聞いてみようと思いつき、声を掛けた。
「なぁ」
「ん?」
「俺の家に、不定期に贈り物を届けてくれる奴がいるんだけど、それって誰か知ってる?」
若菜は少し考えて「抹麻だよ」と小さく言った。
「え?」
「抹麻だって言ったの!あの子はあんたに不届きな理由で彼女が出来てからも、
贈り物をやめなかった。だからあんたは気付かなかったのかもしれないけど、
贈り物をしていたのは、紛れもなく抹麻なのよ!!」
「そ…んな…まさか…」
急に頭が真っ白になった孝真は、無我夢中で駆け出した。
気付くと抹麻の墓の前だった。
「まさか…お前が置いてくれてたなんて…何で気付かなかったんだろう…ごめんな…」
今ごろになって気がつくなんて。
今ごろになって君の大切さを知るなんて。
なんて
なんて
ばかなんだろう。
なんて
なんて
愚かだったんだろう。
謝っても謝り切れない。
悔やんでも悔やみ切れない。
でも
今は
謝って、悔やんで、
それしか出来ないから
ごめんなさい
毎日君の元へやって来るよ
今度は
僕が
贈り物を持って、
愛する君の元へ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
また強い風の吹く感覚がした。
抹麻は涙があふれ続ける目を開いて、墓を見据えた。
もっとも、ぼやけて何がなんだか分からないけれど。
「私が死んだ後、そんな事があったなんて、全く知りませんでした…」
「…」
「…ありがとうございます。
どうして彼に私の気持ちを伝えられなかったのか、それについて考えやむことはないでしょうけど、
だいぶすっきりしました。これで、上に行けます」
「それは…良かったです」
和希は俺も報われます、と小さく付け足して言った。
「…上に行ったら、彼に会えるでしょうか?」
抹麻が小声で問い掛ける。
「分かりません」
和希ははっきり言った。
「ふふ…正直ですね」
抹麻がまだ涙の光る目を細めて言った。
「…でも、会えると良いとは、思っています」
和希が言うと抹麻はまたわずかに目を細めた。
「本当に、ありがとう…」
最後にそう言い残し、抹麻は静かに上へとのぼって行った。
「貴方の200年分の思いが伝わります様に…」
和希は小さく、呟いた。