ホワイト・イノセント
第一部
一.自由気侭なカプリチオ
* * *
『ありがとう』
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
彼はにっこりと笑って、とてもきれいに笑って、
そして、落ちた。
深い深い闇の中に。引きずられるようにして。
『にゃあ』と、一匹の猫が声をあげた。
視線をそちらに向けると猫も視線を合わせ、足にまとわりついてきた。首に付いた鈴が静かに音を立てる。
彼は二度と戻らない。深い深い穴の中、彼は二度と戻らない。
* * *
一本の大きな木の上、少女は町を見下ろしていた。
その少女は黒いショートヘアーで、白いTシャツの上に同色のパーカーを着込んでいる。それから赤いチェック柄で膝上十センチ程度のスカートに、ベージュのブーツ。手には両手いっぱいに広げたぐらいの長くて白いステッキをもっている。さらにパーカーのポケットからは黒いイヤホンコードが延びていて、耳にそれが繋がっている。ポケットの膨らみから察するに、おそらく小さなデジタルオーディオプレーヤーか何かの類なのだろう。
風がサーッと通り過ぎていくが、少女の髪は微動だにしない。変わりに小さな鈴が静かに揺れた。
少女のものではない。少女よりももっとずうっと小さい、灰色の猫のものだ。
少女は首に金の鈴をぶら下げた猫を見た。
「……みつけたの?」
猫はにゃあと一声鳴いて、すとんと地上に降り立った。少女もそれに続いて下に飛び降りる。
少女は一旦空を見上げ、そして猫の後に続いてゆっくりと歩き出した。
「Mika went to a convenience store and bought one bread. Then she met shun in front of a fountain of a park.
―――ミカはコンビニエンスストアに行って、パンを一つ買いました。それから、彼女は公園の噴水前でシュンに会いました。」
「Mika said "Thank you for reading this booklet" And she shouted aloud towards the sky. "This booklet is splendid! It is all genius! !" Mika read a sentence of other people and shouted and barked "Is splendid; is splendid!" ―――…」
教壇にたつ女性の声が右から左へと流されていく。
(中学生の本分は勉強だ、なんて誰が決めたんだろ…。)
森本浩二は本日何度目かのあくびをしながら、ぼうっと窓の外を眺めていた。今は体育をしているクラスもなく、校庭はやけに広々として見える。
……ん?
校庭の端に何か“白いもの”が見えた。ここは二階だし、運動場を挟んで反対側にいるものだから良く分からないが、どうやら白い服や帽子に身を包んだ人のようだとわかった。
しかし、どうして校庭なんかに人がいるのだろう。そもそも体育の授業はやっていないのだから勿論見学などではないだろうし、掃除をしているわけでもなさそうである。
と、白い人が顔を上げる。
普通に考えてこの距離で目が合うなんてことはありえないし、例えありえたって相手の視線が何処に向いてるのかお互いにわかりっこないはずなのだが、どうしてだかその人の目がまっすぐにこちらを向いているような気がした。
自分を、見てる。
そう思った瞬間、背筋がぞくりとした。
(どうして俺を見てる?あれは一体誰なんだ?)
視線を外そうとしても何故だかそれが出来なかった。いつもちょっとしたことで檄を飛ばす先生が、今日に限って注意してこないのが恨めしく思えた。
(何だこれ、金縛り…?いや、違う。俺が顔を戻そうとしてないだけだ。きっと朝起きようと思っても蒲団から出られないのと同じ原理に違いない…)
そうやって訳のわからない理論を色々と組み立てている最中も、白い人はじっとりと浩二を見つめていた。そして横の方からは先程からジャカジャカと音漏れが聞こえてきていた。
はっきり言って、非常に鬱陶しい。特に自分が真剣に考え事をしているとき、隣からのんきな音漏れが聞こえてくるというのは、とても気分が悪くて仕様がない。
別に隣で飯を食べてようが漫画を読んでようが、それこそ音楽を聴いていようが好きにすれば良いとは思うが、しかし音漏れするほど音量を上げるのはいささか非常識過ぎやしないだろうか。この団体行動の中に身を置く以上、人と違ったことをするときには自分以外に被害が及ばないようにするのがマナーというものだろう。
浩二は我慢しきれず
(小声で)声を張り上げようとした。
が、言い切る前に気持ちが萎んでしまう。浩二は真横にいる人物を見て、思わず心の中で叫んだ。
フー・アー・ユー!!!
振り返った先には、まっすぐに前(運動場側)に視線を向けて、背筋をピンと立てて立っている私服姿の少女がいた。耳にはイヤホンがはめられている。音の音源はどう考えてもこいつである。
(ほんとに誰だよ…)
にゃあ、と言う声に反応して下を見ると、灰色の猫が浩二をじっと見つめていた。
(ね、ねこ!?)
どうしてこんなところに猫が、否、そもそも見知らぬ私服の女性が!!
しかも誰もその存在に気付いていないかのように、平然と授業が進んでいる。
「……幻覚?」
訳のわからない他国語の聞きすぎで頭がおかしくなってしまったのだろうか?それとも……
「幽霊?」
「正解!やっぱり見えるんだ?」
にぱっと笑って、少女がイヤホンを外しながら突然浩二に顔を向けた。
「うわっ?!」
あまりに唐突に振り返ったので、思わず椅子から転げ落ちそうになる。先生がじろりと浩二のほうを見つめた気がするが、気にしている暇もない。
「せっかくアレから視線をはがしてあげたのに、その反応はないと思うなあ」
少女は不服そうに言う。少女がちらりと見た視線の先を見ると、白い人らしきものがまだそこにいた。
「あ、せっかく目を背けられたってのにまた見てどうすんのよ!」
少女が浩二の顔をつかんで、ぐいと無理やり視線を戻させた。
「いたたたたたた!」
ただ顔の向きを変えられたにしては酷い痛みが浩二を襲う。
「何すんだ……よ……?」
首筋をさすりながらも見上げると、目の前にはいつの間にか英語の河本先生が立っていた。
「教えてあげましょうか?」
河本先生がにっこりと笑う。
「廊下に立たせようとしてるんです!!」
かなり、ご立腹のようだった。
「……はい」
浩二は素直に従うことにした。相手に見えていないものを引き合いに出しても自分が恥をかくだけなので、言い訳すら出来ない。
廊下に出ると、さっきの少女が壁にもたれかかった状態で立っていた。足元には猫もいる。
「いつの間に……」
「あなた名前は?」
少女が割り込むように言った。
「そっちから名乗れよ」
浩二はむすっとしながら言う。
「嫌な奴ねー。ま、いいわ。わたしは佳奈依。こっちはワン子」
佳菜依は自分と猫を交互に指しながら言った。
「ふうん」
本当にそれが猫の名前なのかと思いつつも適当に相槌を打つ。とにかく早く去って欲しい。浩二はそのことを一心に考えていた。
「森本浩二」
一応は名乗っておくが、あくまで社交辞令だったのだろう。佳奈依はあまり興味を示さなかった。むしろ聞き流すような感じで彼女は話をし始める。
「そう。じゃ、本題に入るわね」
「本題も何もさっき会ったばかりな上、前置きすら聞いてないぞ」
「さっきの白いのに関してなんだけど…」
突っ込みすら無視され、本題とやらが続いていく。いきなり現れて一体何者……いや、一体何がしたいのか。
「聞けよ」
意味がないと思いつつも口を挟む。悲しいことに浩二の予想通り、浩二の口から出た言葉は元から存在しなかったような扱いを受け、無残にも空気に溶けて消えていく。
「浩二もさっき背筋が凍りつくような、奇妙な感覚を感じたでしょ?」
「しかもいきなり呼び捨てかよ」
「浩二はアレに取り憑かれてる」
佳菜依はさらりと言い、浩二はピクリと眉根を動かした。
「無視した挙句に訳のわかんないこと言うな!」
浩二は思わず叫んだ。佳奈依が目を丸くする。そして河本先生も目を丸くする。……多分。
「一人で何を騒いでるんですか!」
河本先生が教室の扉を開けて顔を覗かせた。
「ね……寝ぼけて……」
浩二は苦し紛れにそう言った。河本先生はなおも何か言いたそうだったが、最後に一言怒鳴るとぴしゃりと扉を閉めた。最後の言葉はもはや八つ当たりにも近く、相当頭にきているようだった。普段そこまで怒ることは少ないのだが、どうやら今日はかなり虫の居所が悪かったらしい。……俺の責任もなくはないけど。というか原因は俺なんだけど。
「本当にわからないの?あなた霊感あるんでしょ」
浩二が佳菜依の方を振り向くと、彼女は妨害が入ったのも気にせずに自分の会話を平然と続けていた。
「それは……そうらしいけどさ」
浩二は口を尖らせながら言い、佳奈依と猫をちらりと見やる。
「言っとくけどその子は霊じゃないわよ」
「え、でも」
「私の力で見えなくしてるだけ。あなたは霊感が強すぎてそれすらも見えてしまっているってことよ。今までも何か見たことがあるんじゃないの?」
「さあ……覚えはないけど。自覚があるのは今回が初めてだよ」
「無自覚だったってわけね」
「そもそも俺は自分に霊感があるなんて思ってなかったし。大体何だよ、取り憑かれてるってのは」
「言葉の通りよ」
浩二の口元から、ふー、とため息のような音が漏れる。なんだか埒があかない。
「……あのさ。さっきから絶対説明不十分だと思うんだけど」
浩二は言動に表れる苛立ちを隠そうともせず、低い声で言う。
「それはあなたの理解の問題。わたしはちゃんと結果を述べてるわ。あなたはさっきの白い霊に取り憑かれている」
話し方から佳菜依も苛立っているのがわかる。
今日は何故か皆機嫌が悪い。同じような状況の俺が言うのもなんだが…何があった、日本人。むしろ俺。
誰でもいいからこの状況を分かりやすく解説して欲しい。特にこの佳菜依に関しては人には見えないということと外見的な特長、それから佳菜依という名前の一部しか情報が入ってきていない。いや、外見の方は情報とは言い切れないかもしれない。
白いTシャツ、白いパーカー。赤いチェック柄のスカートに、ベージュのブーツ。それからポケットに入った手持ちサイズのプレーヤー……と、そこまでは良いだろう。しかし手に持った大きなステッキのような物、あれは何なのだろうか。ステッキと呼ぶには大きすぎる気もするが、それ以外に呼び名は見つからない。白くて大きなそれは、先が尖っているせいか不自然な凶器にしか見えなかった。
不自然なステッキを持つ幽霊少女。そして告げられた「貴方は取り憑かれている」という言葉。
……たとえ俺がかの有名なシャーロック・ホームズだとしても、この謎は解けない気がするぞ。
「あー……そっちは言い切ったつもりかもしれないけどさ、それだけ言われたって『はあ、そうなんですか。わかりました』ってわけにはいかないだろ?」
浩二は半ば諦め、疲れたように言った。
「知らないわよ、大体貴方さっきから話を聞く気がないじゃない。せめて話を真面目に聞く気が起こってから質問してくれる?聞く気がない人に話しても労力を無駄にするだけだもの」
強い口調で言い切った途端、佳菜依はくるりと一回転してそのまま姿を消してしまった。
「消せるじゃん……姿」
浩二はわけのわからぬままに呟いた。
ああ、謎は深まるばかりです。
「どう思いますか、ワトソン君」
呟いてみてから自分で自分を毒づいた。
……何やってんだ、俺。しっかりしろ。
浩二はゆっくりと廊下に座り込む。
「わけわかんねぇ」
突然突きつけられた非日常。毎日変わらず安穏とした日々を送ってきたそこらの一般人に、それが容易に受け入れられるはずもなかった。
「……お前、何してんの」
顔を上げた先、多少ぼやけてはいるが、ワン子とか言う変わった名前の猫の姿が視界に入る。
「にゃあ」
猫は鳴きながら顔を上げ、浩二を見据える。
「もしかして懐かれてんの、それとも見張り?」
「にゃあ」
肯定なのか否定なのか、猫は陽気に声をあげる。
「別に……良いけど」
ガラッ、
「森本君!」
不意に呼ばれて声の主を振り返る。振り返った先、扉の傍には河本先生が立っていた。
「あ……」
「……」
数秒の沈黙、かち合う視線。
「済みません!!」
先に口を開いたのは浩二だった。言いながら素早く腰を上げる。
廊下に立っていろと言われたのにあろうことか座ってのんびりしていただなんて、河本先生じゃなくても誰だって怒るだろう。
「森本君……体調でも悪いんですか」
河本先生は静かに言うが、内心怒りたい気持ちを精一杯抑えているのだと思う。異様に低いテンションとわざとらしく抑えた声がそれをはっきりと表していた。
「いや、まあ……はい」
体調と言うよりは気分が悪い。しかし余計なことは一切言わずに肯定の言葉を述べる。
「それじゃあ今日はもういいから帰りなさい」
そしてしっかり頭を冷やしてこい、と。
「はい」
俺もその意見には賛成です。とにかく頭をすっきりさせないと。
浩二は素直に従った。
「暑ー」
誰かによると、一日の中で最も日が高くなるのは正午を過ぎた辺りらしい。浩二は五限目が終わった時点で学校を出てきたから、ちょうどその辺りなのだろうと勝手に憶測する。
夏もそろそろ終わる頃なのだが、暑さはまだまだ去ってくれないようである。
「これじゃあ冷やすどころか、どろどろだっつの……」
「にゃあ」
浩二としては独り言のつもりだったのだが、猫が唐突に会話に加わった。
猫の姿は学校ではぼやけてしか見えなかったが、段々姿がはっきりとしてきて移動途中完璧に目で見えるようになった。しかしそれでも浩二以外の人に姿は見えないらしく、途中何度か道行く人々に蹴飛ばされそうになっていた。
「ああ、もう鬱陶しいなあ。俺の後ろでも歩いてろよ」
浩二は確かにそう言った。浩二の横を歩くから蹴飛ばされそうになるわけであって、浩二の真後ろを張り付くように歩く変態が存在しない限り、後ろの方が安全に決まっている。目で見える範囲、と言う意味では前の方が良いのかもしれないが、浩二は後ろの方が安全と判断してそう言ったのだ。
……しかし。
「何でお前そんなところにいるわけ」
わずかに顔を上げるが、そうしても語りかけた相手の姿が見えないのは分かりきっていた。
「にゃあ」
猫は浩二の頭に張り付いたまま返事をする。
「別に……良いけど」
半ば諦めそう言った。何故かたいして重くはないし、痛くもないし……。
「俺、懐かれてんのかなあ……」
ちりん、
今度は返事の代わりに鈴の音が聞こえた。
「……」
浩二は不自然に歩みを止めた。
ぞくり。
背中に悪寒が走る。寒い。
さっきまであんなに暑かったのに、今じゃそれが嘘みたいに寒い。
背後には何のけはいも感じられない。しかし、逆にそれが恐かった。
何か、いる。絶対に、いる。
ハヤク、ハヤクニゲナイト。
そんな考えが頭をよぎるが、体が動かない。言うことを聞かない。
あのときと同じだ……。
昼間、数時間前。運動場、白い物体。
―――浩二はアレに取り憑かれてる―――
蘇る、あの言葉。
「もっと真面目に聞いときゃよか―――ああああああ!」
不意に視界を白い物がさえぎり、浩二は思わず声をあげる。
強引に手を引っ張られ、浩二は前のめりになる。
「ああああああ、頭冷えたああああ!!!」
浩二は利き足を前に出して何とか踏ん張り、体制を立て直した。浩二は何とか逃げようとするが、白い物体は浩二の叫びと動作を完全に無視して駆け出した。勿論浩二の腕をつかんだままである。
あ、れ…?
浩二はもはや恐怖すらも忘れ、相手に引かれるままに駆け出した。途中何度か足がもつれそうになったが、無論相手は気にせず同じペースで走りつづける。
無我夢中で走っていたのでどの道をどう来たのかは覚えていないが、とにかく気付くと神社の鳥居をくぐっていた。
「ややこしいっつの!!」
浩二は開口一番そう言った。
浩二の手を引いていた人物はフードを外し、きれいな黒髪がふわりと揺れた。
「見えてるの?!」
「悪いか!めちゃくちゃ頭冷えたし!!肝も冷えたし!!というか潰れるかと思っただろ!!」
浩二は開き直って思いっきり叫んだ。
「懇親の力で姿を隠したのに三十分も持たないなんて……」
佳菜依はやけにショックそうに、考え込むように言う。しかし実際は十分と持っていなかったわけなのだが、その辺りは敢えて黙っておこう。というか相変わらず人の話を無視するよな、こいつ。
「で、わたしの話を聞く気になったの」
佳菜依が腰に手を当て、自分勝手に気を取り直して言う。
「ああ、聞くよ」
浩二は仕方なさそうに言った。佳菜依は満足そうに微笑んだ。
「にゃあ」
突如猫が頭上から声をあげた。
「お前……まだそこにいたのかよ」
異様に軽いせいか、すっかり忘れていた。この猫は本当に霊じゃないのだろうか。
「にゃあ」
「ワン子、おいで」
佳菜依が呼びながら手を差し出す。しかし猫の方は「にゃあ」と一言返事をするだけで、全く動く様子がない。
「気に入ったみたい」
佳菜依はあっさりと諦めてそう言った。
「そうみたいだな……」
浩二はうなだれて答えた。やはり懐かれていたらしい。
餌付けなんてしていないのに、俺のどこが気に入ったと言うのだろう。
「で、俺はどうすれば良いわけ?てかあの白いの今どこにいるんだよ」
「神社の外にいるんじゃない?本気になったら簡単に入ってこれるだろうけど、多少の時間稼ぎにはなると思うよ」
「ちょっと待て、じゃあ何でお前がここにいる」
「悪い気を持っていない霊なら入れるの。じゃなきゃお稲荷様も入れなくなっちゃうでしょ」
何か理論がずれているような気もするが、取りあえずは置いておくことにしよう。今はとにかくあの白いのを何とかしなくては。
「…というかそもそもお前は何?俺を助けてくれようとしてるみたいだけどさ、何、死に神とか天使とかそう言う感じの分類の……怨霊を倒す役職なわけ?」
例えは別に何でも良かったのだが、死後の世界を基準に考えたらそんなものしか出てこなかった。とにかくそういう団体のような、組織のようなものがあるのかが聞きたかっただけなのだが、なんだか余計わかり辛くしてしまった感じがある。
「ううん、その辺りにいるただの一般霊よ」
佳菜依はあっさりと答えた。浩二は用心深く質問を重ねる。
「…俺を追ってるのも、その辺りにいるただの一般霊……だよな?」
「そうよ。未練が断ち切れなくて怨霊となってしまった、一般霊」
佳菜依はにっこりと笑みを湛える。
「つまり、お前が怨霊じゃないとは言い切れないんだよな……?」
浩二はごくりとつばを飲み込んだ。
「そうね」
佳菜依はむしろ気持ちが良いくらいにっこりと笑う。
「にゃー」
ガシガシ。
「いってえ!!」
猫が浩二の頭をガシガシと引っ掻いた。
「あー、もう引っ掻くなって!悪かったよ疑って!!」
浩二は自分の頭上に向かって謝った。佳菜依がその様子を見て腹を抱える。
「あははははは、あはははははは!」
「笑ってないで助けろーーー!!」
・ ・ ・
「……まあ、お前らは簡単に神社の境内に入ってこれてるわけだし、取りあえずは信用するけど……って笑うなそこ!」
佳菜依が猫を腕に抱え、浩二の真新しい傷を見つめながら懸命に口を抑えていた。
こいつらがそもそも悪者だった場合、境内は暫く安全という説も怪しくなってくるのだが……まあどう見ても危険なやつらには見えないし、また頭や額を引っ掻かれるのも嫌なのでそこは口をつぐんでおく。
「というか今は非常時なんだろ?緊急事態なんだろ?」
段々嘘みたいに思えてきたが、確か俺は白いのに追われていたはず。
もはや随分と遠くに飛ばされかけていたその記憶を引っ張り出し、浩二はなんとかそう言った。
「ごめんごめん、じゃあ前置きに入ろう」
……前置き、あるのかよ。
浩二は突っ込みたい気持ちを必死で堪えて佳菜依の話に耳を傾ける。ここで話を妨害したら二度と詳しい解説はないかもしれない。
「まずわたしは門宮佳菜依、そこらをうろついてるただの浮遊霊。でも、この子は違う。霊感が強い、普通の猫なの。
それでこっちはほぼ核心に近いんだけど、浩二はさっきの白い幽霊に取り憑かれてる。霊体が長い間地上にいると、未練ある無しに関わらず怨霊化するんだけど、あれもその類ね」
佳菜依はすがすがしいほどの笑顔で言った。浩二はあきれて言葉が出ない。
何故、今ごろそんな話をするのか。むしろ今する話でもないような気がするのは俺だけなのか、そうなのか?
「というわけだから、がんばって!」
「何を?!」
いきなり話を振られて驚く浩二に佳菜依が白いステッキを手渡した。
「もちろん、怨霊退治」
笑顔でさらりと言ってのける。
一体何が勿論なのか。その辺りの解説をすっ飛ばして結果に飛んでしまった。むしろ本題がどこにも見当たらない。俺はいつの間にタイムマシンに乗ってしまったのだろう。それとも俺だけ時が止まっていたのだろうか。いやいやそんなことがあるはずない。
「何がどうなってそうなるんだ?」
ややあって浩二はそう言った。
「ほら、わたし幽霊でしょ?霊って言うぐらいだから勿論霊力はある……っていうか霊力の固まりなわけなんだけど」
……そうなのか?そんな当然のことのように話されても知らないし、こっちはその事実に驚いてるのだが、これは俺が常識知らずなだけなのか?
「霊が見えたりするから霊力の間違いじゃないのか……?」
「そんなの後から適当に当てはめただけよ」
佳菜依はやはり当然のように断言した。
「霊力って言うのは、精神の力なの。そしてわたしたち幽霊、要するに魂は精神とか気力の塊でしょ。だから、一緒じゃない」
……確かに魂は精神そのものだと言うようなことを聞いたことがあるような気はするが、果たして本当にそうなのだろうか。いや……俺にはよく分からないが、幽霊本人が言い切るのだから本当なのだろう。
「で、体……要するに器がないからいくら霊力をためようとしても零れていっちゃって、小さな技はともかくとして大きな技が出せないの。要するに水と言う名の霊力はいっぱい持ってるんだけど、バケツもないしコップすらないから手で掬うしかない、って感じなんだけど……。まあ、とにかく幽霊は人を問わず霊力が使えるけれど、その辺りが不利になっちゃうわけね」
「そういうことこそ前置きに入れとけよ!むしろさっきのは半分ぐらい自己紹介で終わってた気がするし!」
浩二は嘆くように言った。
「ていうか幽霊が小さい技しか使えないんだったら、相手も一緒だろ?」
「だって、相手は怨霊だし」
「いや……その一言で返されても……」
浩二が拍子抜けして言うと、佳菜依がやれやれと言った感じの表情をする。
……俺が、悪いのか?
「怨霊の場合、強い怨念の力が繋ぎとなって、巨大な霊力をいとも簡単に繰り出してくるのよ」
「へえ……」
浩二は脱力して言った。
疲れる、物凄く疲れる。ちょっと話をするだけでこの疲労感。もしかしなくとも俺はからかわれているのだろうか?
「それで……これは一体なんなわけ?」
白いステッキを持ち上げて言った。
「それ?貰ったの。すてきでしょ」
「そうじゃなくて……」
確かにステッキ自体の話も気になるけれど、今はそんなことについて話している場合ではない。
「俺は、これを使ってどうしろと?」
「ああ、それはね……」
佳菜依が今後の動きについて解説をし始める。
ああ……、やっと。やっと本題に入れたようだよ、ワトソン君。
浩二は深くて長いため息を漏らした。
「早く家に帰りてえ……」
浩二は思わずぼやいて、「ちょっと、聞いてるの?!」と、人の話をことごとく無視してきた少女に怒られてしまった。
「じゃ、がんばって」
鳥居のぎりぎり内側、階段横で佳菜依が言った。
「そう言われても……なあ」
浩二は手に持つステッキを見つめる。
先程やっとのことで怨霊退治の方法は聞き出したのだが、ほとんど俺が何とかしなきゃならないらしい。
浩二がステッキを相手に刺したところで、佳菜依が呪文と共に力を送り込む。そういう流れでいくようだ。
「……そういえばさ、俺あいつの傍にいると体が動かなくなるんだけど、そのへんはどうすれば良いわけ?」
体が動かなければそもそもステッキなんて刺しようがない。
「あー……。がんばれ」
「がんば……って、おい!!!」
佳菜依に押され、浩二の体が鳥居の外に飛びだした。
「今絶対忘れてただろ!!!」
浩二が階段を落ちるのを何とか堪え、しかし体が前のめりになった不安定な状態で、振り返って叫んだ。しかしそこにはもう誰もいない。
「おま……」
浩二はさらに文句を言おうと開いた口を不自然に止めた。
そして全神経を背後に集中させる。
どうやら、来てしまったようだった。
ざわり。
空気が揺れる。
ぞくり。
悪寒が走る。
「一緒に死んでよ、和真」
囁くような声。しかしはっきりと耳元まで届いた。
「和真なんて……知らない。俺は、和真じゃない……」
「和真」
怨霊はなおも呼び続ける。
「和真」
「和真」
「和真和真和真」
「和真あああああああ」
「ああああああ!!!」
突然目の前に白い物が現れ、絶叫する。今度は佳菜依ではない。正真正銘の怨霊だった。
頬がこけてミイラのような表情のない顔。浩二はぞっとした。そして逃げようと足を後ろに伸ばす。
「うわっ!!」
重心が後ろへと傾き、落下する。ここが階段だとすっかり忘れていた浩二は尻餅をついた状態で階段を滑り落ちた。たいした段差数がないのが幸いである。
「か、ず、ま…」
ずるり、ずるりと白い洋服を引きずりながら怨霊がゆっくりと近づいてくる。
体が、動かない。
声が、出ない。
口は開いてるのに、肝心の声が喉を通ってきてくれない。
ダレカ
ダレカ
ダレカ タスケテ
声も出せず、体も動かず、浩二はただ怨霊を見つめていた。視線を外すことすら叶わない。
ダ レ カ ……
怨霊との距離もあとわずか数センチとまでなったとき、ぱああああ、と右側から温かい光が差し込んだ。
怨霊がひるんで顔を手で覆う。
こ れ は …… 。
「ステッ……キ…………。―――あれ」
浩二は喉に左手を当てた。
「声が……それに体も……」
この、ステッキのおかげなのか?
浩二は先の尖った、閉じた傘の様な変わった形のステッキを持ち上げた。すでに光は消えている。
「今よ、早く!!」
突然佳菜依の声が響き、浩二は尻餅をついたまま思わずステッキを突き出した。
「ぐ、うううううう」
怨霊が隠していた顔を出し、浩二を睨みつける。そもそも表情がほとんどないので睨んでいるのかも良くわからないのだが、とにかく浩二の方を凝視していた。
「放さないでね」
いつの間にか傍にきていた佳菜依が言い、後ろから浩二の両肩に手を置いた。冷たいけれどどこか温かい、そんな感覚が浩二に伝わってくる。
「放すなって言われても……」
相手が抵抗しているのだろう。白いステッキはぶるぶると大きく震え、気を抜くとすぐにでも抜けて遠くへ飛ばされてしまいそうだった。
「今から浩二を器にして大きな技をかけるから、その間だけ我慢して」
「お、おう……」
浩二はステッキを全力で押さえ込んだ。
「掛けまくも畏き 掛けまくも畏き
其の者 彼の者
魂 諸諸の禍事 罪 穢
有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を
聞こし食せと恐み恐みも白す……」
「死霊滅却!」
カッ、とステッキが強い光を放射した。
白い怨霊が苦しそうにもがき出す。
「か、ずま……」
怨霊は最後に一言呟き、そして破裂した。
白いステッキが、からりと地面に落ちた。
* * *
「あいつ、消滅したのか?」
「一応は」
「一応ってなんだよ」
「怨霊はね、一般霊と違って簡単には上に行けないの。一度さっきみたいに破裂して、小さな光の粒子になる。それで他の粒子とくっつき合いながら、最終的には全く違う霊体となって、上に向かう」
「つまり、あいつ自身は消滅したってことか?」
「そういうこと」
「ふうん」
そう言って座りながら静かに空を眺める浩二を佳菜依はにっこりと見つめていた。
「浩二はさ、最初にわたしのことを疑ったでしょ?」
「ああ……」
「ワン子はそれで怒ったけど、わたしはそうやって疑うくらいの方が良いかなって思うんだ」
佳菜依と浩二の間にすわっている猫が不思議そうに佳菜依の顔を見上げた。浩二も同じように佳菜依を見上げる。
佳菜依は立ったままにっこりと微笑んだ。
「浩二も見た通り、幽霊はみんながみんな良い霊ってわけじゃないし、まずは疑わないと。じゃないと多分いくつ命があっても足りないもの」
「…………」「……そういえばさ」
浩二は佳菜依から視線を逸らし、唐突に言って地面を見つめた。佳菜依が不思議そうに首をかしげる。
「確か魂だけの状態でここにいると、未練あるなしに関わらず怨霊化するって言ってたよな」
「うん」
「じゃあさ、お前もいつかそうなっちまうってことだろ?お前だって消滅するかもしれないってのに、何でそんな危険を冒してまでこんな怨霊退治なんてしてるわけ?……人助けがしたいからとか、そんなんじゃないんだろ?」
「…………敢えて言うなら……」
佳菜依は風に溶けてしまいそうな小さな声で言った。
「贖いと、返報……かな」
「―――え」
振り向いたときにはもう佳菜依も猫も見えなくなっていた。
「言い逃げかよ……」
相変わらず、自分勝手な奴だった。最後の最後まで、自分勝手な奴だった。
でも、まだ近くにはいるのだろう。
懇親の力で姿を隠しただけで、声の届く所にはいるのだろう。
「でも―――。でも、お前が例えただの気まぐれでこの町に寄ったとしても、例えお前がただの気まぐれで俺を助けたんだとしても、例えその助けた理由が自分勝手なものだったとしても、……俺は感謝してる」
「ありがとな」
空に向かって言った。
遠くから猫の鳴き声が聞こえた気がした。
もし、佳菜依がまたこの町に来るようなことがあれば、きっと会えるのだろう。
どんなに姿を隠しても、きっと会えるのだろう。
そのときは
そのときは―――
そのときになったら、考えよう。
気まぐれなあいつのことだから、
きっと気まぐれにやってくる。
そうやって自分勝手な解釈を付けて、今日は終わろう。
きっとこれが、自分勝手なあいつにぴったりなエンディングのはずだから。
THE PAST STORY
すべては闇に飲まれて消えた
繰り返し繰り返し思い出すのはあの日の出来事悔やんでも悔やんでも悔やみきれないわたしの未熟さ私の愚かさ強く強くわたしの心に残ってるあなたはきっと笑うでしょう僕のことなら気にしないでとあなたはきっと怒るでしょういつまで僕に囚われているんだとあなたはきっと嘆くでしょう早く僕のことなど忘れてくれとだけど無理だからそんなのは無理だから他ならぬあなた自信の言葉でもわたしはあなたを捨てられませんずっとずっと思い出す何度でも思い出すそれは辛いことかもしれないけれどあなたを忘れないようにきっとずっと思い出すあなたを忘れたくないからあなたのことを考えていたいからだから許してください過去に囚われ続けるこのわたしのことをあなたに執着し続けるわたしのことをすべてはあなたを思うがゆえのことだからだから許してください罪深いこのわたしのことをどうか許してくださいあなたを助けられなかったわたしのことをどうかどうか許してください 二.人員欠如なプレリュード
キキーッ ガシャーン、ガラガラ。 一般道で響いた大きな音。人のざわめきこそあるものの、普段は割合静かなその場所にはとても不釣り合いな音だった。 「思わず……助けちゃった……」 大きな騒音の中心には整ったきれいな顔立ちをした十六才くらいの少年が立っていて、その視線の先には同じく十六才くらいであろう少女が驚いた様子で立っていた。 「ありがとう」 少年が少女に近付いてそう言うと少女はさらに驚いた。「……見えるの?」「うん」 少年は当然のように言う。「……」「あ、車のこと忘れてた」 少女は慌てて脇で無残な姿で横たわっている車の様子を確認した。「よかった、死んでない……」 車の運転手は多少のけがを負っただけで済んだようだった。 「卓也はさ、昔っからあるの」 何を?と卓也が問うとわたしはアイスをかじりながら短く答えた。「霊力」「ああ……。うん、あったよ。ただはっきりと見て取れたのは門宮さんが初めてだけど」 卓也はニッコリと笑って言った。「ふうん……」 わたしはすっかりアイスを食べ終わってしまい、残った棒をぶらぶらと揺すりながら言った。 白里卓也とわたし、門宮佳菜依は数日前に知り合った。 きっかけはとある交通事故。青信号でこの白里卓也が道路を横断しようとしたところ、居眠りでもしていたのか猛スピードで青い自動車が突っ込んできた。本当はもう上に行こうかと思ってたんだけどな…。わたしはぼんやりと考えた。 やることもやりきって後は上に行くだけとなったとき、この少年が目に入ってついつい助けてしまったのである。「それにしても……」「?」「貴方も妙よね、わたしとこうして普通に会話しているあたり。放っとけば良いのにさ」 「君と話したらいけない?」「そう言うわけじゃないけど……」「にゃー」 不意に鳴き声が聞こえ、卓也が振り返る。「ワン子?」 卓也が言い、佳菜依が首をかしげる。「わんこって……猫だよ?」「うん。僕の猫の名前」 さらりと言われてしまった。「でも、猫にわんこって妙じゃない?」「だって、犬にわんこじゃそのまんますぎて変でしょ?」 またもや、さらりとかわされてしまう。 ……うーん、犬にわんこと付けた方がまだ様になると言うかかわいげがあると言うか…。「どうしたの?」
「……別に」
「変なの」
そう言って卓也はにっこりと笑った。
それはとてもきれいな笑みで、
そして、わたしの心をつかむには充分すぎる笑みだった。
「これ、作ったの」
わたしは水色と白の混じった紐を差し出しながら言った。
「……ミサンガ?」
「うん」
わたしが頷き、卓也が笑顔で紐を受け取る。
「ありがとう」
「うん」
わたしも笑顔で答える。
「あのね、それにわたしの髪の毛を織り込んだの。だから下手なお守りより加護があると思うよ」
幽霊ってみんな霊力があるらしいから、と付け加え、照れたように言った。
卓也は左手首に紐を付け終え、にっこりと笑う。
「卓也ってよく事故に合うからさ」
「そうなんだよね、気を付けないと」
そう言って卓也はまたにっこりと笑った。相変わらずきれいな笑みだった。
しかし、ある日突然世界は暗転する。
「卓也っ!!」
どうしてこんなことになってしまったんだろう。一体何が起こっているのだろう。
わからない。
何も、わからない。
「門宮……さん」
卓也は暗闇の中心で小さく言った。真昼のはずなのに辺りは暗く、その暗闇の中心に卓也が捕らわれていた。
「卓也!!」
慌てて卓也の下に駆け寄ろうとすると、痛んだ長い黒髪の着物姿の女性が遮った。
「邪魔は……させないよ……」
「ふざけないで!!早く卓也を解放しないと許さないからっ」
佳菜依は女性に言った。
「ふ……ははは……」
「な、何よ!!!」
「お前は……おかしなことを言う……。立つのも精一杯なくせに……」
「あんたに何がわかんのよ!!」
事実、相手の言っていることは正しかった。すでに足はがくがくで、立っているのが精一杯。しかしここで気を抜いてしまっては卓也が危ないので、何とか気力を振り絞っているのである。
数日前に渡したミサンガの効果は絶大で、卓也が完全に霊に飲まれるのを引き止めてくれていた。
だけどそれも私次第ってことよね……。
ミサンガはわたしの髪の毛が織り込んであるせいか、見えない糸でわたしと直接繋がっているような奇妙な感覚がしていた。
……この糸を切るわけにはいかない。きっとこの糸のおかげで、卓也は持ちこたえているはずだから。
わたしは何とか足の震えを抑え、卓也を見据えた。
「待ってて、絶対に助けるから」
「門宮さん……?」
卓也は訝しげにわたしを見つめている。もしかしたら足の震えを堪え、痩せ我慢しているのがばれてしまったのではないかと思案し始めた頃、不意に卓也が視線を外した。
卓也はミサンガを見つめ、そして何か納得した様子でわたしに視線を戻す。
何を……しようとしているの?
気付いたときにはもう遅かった。遅すぎた。
わたしは駆け出す。
卓也がにっこりと微笑む。
きれいな笑みでわたしに微笑む。
「僕のために……ごめんね」
そしてミサンガを引きちぎる。
「ありがとう」
そう言った彼の顔はとてもきれいで。
「卓也っ!!!」
手を伸ばす。けれど、届かない。
彼は、卓也はきれいな笑みを湛えたまま、深い深い闇の中へと落ちていった。
「ふはははははは……」
伸ばした手の先にはコンクリートの地面が広がっているだけで。
空はむかつくぐらいの快晴で。
「卓也……」
そこにいつもの笑顔は存在しなくて。
優しい声も、きれいな顔も、白い肌も何にもなくて。
全てが、消えた。
闇に飲まれて消えてしまった。
「にゃあ」
足元で猫が鳴いた。
わたしに残ったのは、小さな猫。
名前しか知らない、小さな猫。
ちりん、と小さく鈴がなった。
猫はガリガリと地面を掻いて、そして一声大きく鳴いた。
わたしもつられて大きく泣いた。
空は快晴。
わたしと猫は空を見上げてないていた。
THE PAST FOLLOW PRESENT
過去は未来へ、未来は過去へ。そして全ては今へと繋がる。
ホワイト・イノセント 第一部
自由気侭なカプリチオ
人員欠如なプレリュード
完